主なiPS細胞の研究成果のまとめ。iPS細胞は様々な細胞に変化し、さらに高い増殖性も兼ね揃えているため、心筋や神経など様々な体細胞を安定的に供給することが可能になる。臨床研究が計画されている視細胞や脊髄、角膜を始め、腎臓の再生医療につながると期待される尿細管や脱毛症の治療につながると期待される毛網の再生、白血病の治療につながると期待される造血幹細胞を作製することにも成功した。
また、iPS細胞から作った心筋細胞や血管内細胞、血管壁細胞を直径1センチほどのシートにする心筋組織シートの作製やiPS細胞を利用して筋ジス遺伝子の修復、肥大型心筋症の治療薬候補の発見などもされている。
療法
療法 | 機関 |
糖尿病治療 | 京都大学 東京大学 |
急性腎不全 | 京都大学 アステラス製薬 |
筋ジス遺伝子を修復 | 京都大学 |
肥大型心筋症 | 慶應大学 |
心筋組織シート | 京都大学 |
ALSの生存期間延長 | 京都大学 |
がん免疫療法 | 熊本大学 |
心筋シート | 大阪大学 |
【糖尿病】
京都大学の長船健二教授らは、iPS細胞を3千~3万個の塊にして育てることで高純度の膵臓細胞を作る技術を開発。マウスに移植したところ、インスリンの分泌を促すことを確認した。膵臓の細胞が死んでインスリンが分泌できない1型糖尿病の治療に向け2020~2025年に臨床研究を目指す。
東京大学の宮島篤教授らは、ウシの血清が混ざる培養液などを使わない方法で、膵臓で血糖値を調整する膵島細胞を作製。高効率で細胞を大量に作れるようになり、小型サルへの移植実験を目指す。サルなどで安全性や有効性を確かめ、臨床研究へつなげる。
【急性心不全】
アステラス製薬と京都大学iPS細胞研究所は、iPS細胞から作った腎臓細胞で急性腎不全の治療に成功。2025年以降の臨床研究につなげる。
腎臓の働きが落ちる腎不全は、症状が進むと体内の老廃物を取り除く人工透析を受ける必要があり、根本的な治療はない。国内の患者数は約30万人とみられる。糖尿病や高血圧などが原因となる慢性腎不全の治療にも応用を狙う。
【デュシェンヌ型ジストロフィー】
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは遺伝子の変異で筋肉構造を支えるタンパク質が作れない病気。国内に約3500人の患者がいると見られる。筋ジストロフィーの患者のiPS細胞で遺伝子変異のある部分だけを切断する技術を使い、遺伝子を修復。iPS細胞を筋肉細胞に変化させたところ、タンパク質が作られた。
【肥大型心筋症】
肥大型心筋症は新造の筋肉が厚みを増して硬くなり、血液を押し出す機能が衰える病気。患者数は2万人以上と推計されている。iPS細胞から心筋細胞を作製し、血管を収縮するホルモンを加えたところ、筋肉線維に異常が起きた。一方、ホルモンを抑える肺炎の薬を与えると正常な細胞に戻ることが確認された。今後、製薬会社と効果があるかを検証する。
【心筋組織シート】
京都大学iPS細胞研究所の山下潤教授らはiPS細胞から作った心筋細胞、血管内皮細胞、血管壁細胞を直径1センチほどのシートにし、心筋梗塞を起こしたラットの心臓に張り付け。2ヶ月後までに血液を送り出すポンプ機能が正常なラットの70%から80%に回復したのを確かめた。今後はブタなどでも実験し、臨床試験につなげたい考え。
【ALS】
京都大学iPS細胞研究所の井上治久教授らは、全体の筋肉が徐々に衰える「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」のマウスにiPS細胞から作った神経細胞を移植すると、病気の進行が遅くなり生存期間を延長できることを発見した。運動機能は次第に低下するが、生存期間は平均7.8%伸びた。
【がん免疫療法】
熊本大学の千住覚准教授らは、ヒトiPS細胞からがん細胞に集まりやすい性質を持つ免疫細胞「マクロファージ」を大量作製し、薬剤送達システム(DDS)という抗がん剤の運び薬として使う治療法を開発。膵臓がんや胃がんの治療を想定したマウスの実験でがんの進行を抑える効果を確認した。2016年を目途に臨床試験を開始する。
【心筋シート】
iPS細胞に特殊なタンパク質などを加えて培養し、心筋細胞へ変化させることに成功。直径4センチほどのシートに加工し、心臓の表面に張り付ける。重症心不全を治すことを狙い。
組織
細胞 | 機関 | 内容 |
始原生殖細胞 | iPS細胞研究所 | iPS細胞から卵子や精子の前駆細胞 |
人工神経 | 大阪市立大学 | iPS細胞から人工神経。2020年までに臨床試験 |
軟骨 | 京都大学 | ヒトiPS細胞で軟骨作成。2019年に臨床開始を目指す |
肺細胞 | 京都大学 | 肺の中で空気のやりとりをしている細胞作製 |
がん幹細胞 | 神戸大学 | 大腸がんの細胞からがん幹細胞 |
肝臓 | 横浜市立大学 | 直径1ミリメートルに満たない肝臓の塊を量産 |
肝臓組織 | 熊本大学 | iPS細胞から肝臓組織 |
肝幹前駆細胞 | 大阪大学 | 肝臓の元になる「肝幹前駆細胞」を大量培養 |
尿細管 | 京都大学 | 肝臓の一部で水分の再吸収などを行う細胞尿細管を作製 |
小腸細胞 | 熊本大学 | ヒトiPS細胞で小腸細胞を作製 |
膝関節 | 東京大学 | ブタにiPS細胞を移植し、膝関節を再生 |
毛包 | 慶應大学 | 毛を作り出す毛包の一部を再生 |
ホルモン | 香川大学 | 赤血球の増加を促す細胞を作製 |
京都大学 | ||
筋細胞 | 東京大学 | 筋ジストロフィー患者iPS細胞で筋肉細胞 |
膵島 | 東京大学 | 血糖値を調整する膵島を作製 |
造血幹細胞 | 東京大学 | 血液の元になる造血幹細胞を作製 |
赤血球 | 理化学研究所 | 赤血球のもとになる「赤血球前駆細胞」を作製 |
【始原生殖細胞】
iPS細胞研究所の特定拠点助教らのグループは、卵子や精子の前駆細胞である始原生殖細胞を効率良く誘導する方法の開発に成功。試験管内で製紙や卵子を作れるようになれば、親から子が生まれる仕組みの解明に役立つという。また、不妊症や遺伝病の発症の解明に役立つという。
【人工神経】
大阪市立大学の上村拓也病院講師らは、2015年3月18日、iPS細胞から作った人工神経を脚が傷ついたマウスに移植し、歩く力を回復させたと発表した。iPS細胞から作った人工神経をチューブに貼り付け。坐骨神経を切ったマウスの脚に移植したところ、12週間後にほぼ正常に歩くようになったという。イヌなどの動物でも有効性を確かめ、2020年までに臨床試験をして実用化する計画。
交通事故などで末梢神経が傷ついた重症患者の治療には、体の他の部位から正常な神経を犠牲にして採取し、欠損部に移植する。神経を採取した部分には新たなしびれや知覚障害が生じる。iPS細胞を使った人工神経を使えば、体の他の部位の正常神経を犠牲にすることなく神経再生が可能になる。患者数は国内で年約5000人とされている。
【軟骨】
2015年2月27日、京都大学の妻木範行教授らは、ヒトiPS細胞から軟骨を作ることに成功したと発表。関節軟骨が損傷した場合の治療に応用。2019年の臨床開始を目指す。
iPS細胞を特定のタンパク質を含んだ培地で育成。溶液の中で浮かしながら増やす浮遊培養という手法を使用。約2ヶ月で直径1~2ミリの軟骨細胞の塊ができた。
【肺細胞】
京都大学の三阿嶋理晃教授らは、ヒトのiPS細胞から肺の細胞を作り出すことに成功。肺に成長しやすい細胞から出てくる特徴的なたんぱく質を確認し、3次元培養する手法と組み合わせることで、肺のなかで空気のやりとりをしている細胞を作製した。慢性閉鎖性肺疾患(COPD)といった吸入薬などの対処療法しかない肺の病気の治療薬開発などにつながるという。
【がん幹細胞】
神戸大学の青井貴之特命教授らは、大腸がんの細胞からがん幹細胞を作製することに成功。がん幹細胞は抗がん剤が効きにくく、転移や再発に関わるとされる細胞。がんの組織にわずかしか存在しないため、詳しい研究が進んでいない。人工的に作り出せれば研究がしやすくなり、抗がん剤開発などに役立つ可能性がある。
【肝臓】
ヒトiPS細胞から小さな肝臓を作り、マウスの体内で働くことを確認。iPS細胞を肝細胞の一歩手前の段階まで育て、これに血管を作る細胞と細胞同士をつなぐ働きを持つ細胞を混ぜて培養すると肝臓の種となる塊になった。肝不全のマウスに移植したところ90%が生き残ったという。肝臓移植に代わる新たな治療法になる可能性があり、2023年までの実用化を目指す。
【肝臓組織】
熊本大学の西中隆一教授らは、iPS細胞から肝臓組織を作ることに成功。iPS細胞の培養液にたんぱく質などを加え、下半身の神経や筋肉を作る幹細胞を作製。次ぎに腎臓の元となる細胞に変え、糸球体と尿細管を持つ腎臓組織に育てた。
【肝幹前駆細胞】
大阪大学の水口裕之教授らは、iPS細胞から肝臓のもとになる「肝幹前駆細胞」を大量に増やす方法を開発。特定のタンパク質「ラミニン111」の上で培養すると、100億倍に増えた。新薬候補物質の安全性を調べる試験に必要な肝細胞の安定供給につながる。
【尿細管】
京都大学は、iPS細胞から肝臓の一部で水分の再吸収などを行う細胞尿細管を作製することに成功。腎臓は老廃物の排泄や血圧の調整などを行う臓器で、一度機能が損なわれると自然に治る個とはなく、悪化すると人口透析や腎臓移植が必要になる。
【小腸細胞】
熊本大学の粂昭苑教授らはヒトiPS細胞から小腸細胞を作製。病気が発症するメカニズムの解明や治療薬の開発にも役立つ。将来は移植治療への応用も視野に入れる。
【膝関節】
東京大学は、ブタにiPS細胞を移植し、膝関節を再生することに成功。人間のiPS細胞などを関節の欠損部に入れると、約1ヶ月後に軟骨と骨ができて正常に動けるようになった。
【毛包】
慶應大学は、毛を作り出す「毛包」の一部の再生に成功。毛包から毛が生えたことも確認された。正常な毛包は何度でも毛が生えるため、脱毛症の治療に役立つほか、発毛剤の開発にも利用できる可能性がある。
【ホルモン】
ヒトiPS細胞から赤血球が増えるのを促すホルモン「エリスロポエチン」を生み出す細胞を作製。作製した制帽から分泌されたエリスロポエチンを赤血球量が正常値の3分の2まで減少したマウスに投与すると、ほぼ100%成長血に回復した。腎臓の疾患が原因で貧血になりやすい患者に移植することで、注射療法より体の負担を減らすことができる。
【筋肉細胞】
筋繊維の破壊と再生を繰り返しながら次第に筋力が低下する筋ジストロフィー患者の皮膚細胞からつくったiPS細胞で、病態を再現した。筋細胞への変化を促す遺伝子をiPS細胞に組み込み、さらに試薬を投入すると、90%が筋肉細胞になった。
【膵島】
膵臓でインスリンや血糖値を上げるグルカゴンを作る役割がある膵島の作製に成功。インスリンを生まれつき分泌できない1型糖尿病の重篤患者への治療につながる可能性がある。
【造血幹細胞】
iPS細胞から血液の元になる造血幹細胞を作製。マウスへの移植で血液の病気治療に役立つことが確かめられた。ドナー不足が問題となっている骨髄移植にかわる白血病の新たな治療開発につながる可能性がある。